2026-01-01 18:00:05 配信
能登半島地震から2年 人口流出防げ 豪雨でも被災した地元スーパーの奮闘
地震が襲った能登地方では人口の流出が急速に進んでいます。地域に活気を取り戻そうとこの問題に立ち向かう地元ス―パーを取材しました。■能登半島地震から2年 町の唯一のスーパー
威勢の良い太鼓の音が響くなか、餅つきが行われていました。
もとやスーパー 本谷一知社長
「能登が注目されるような新しいことを発信していかなければと思う」
輪島市町野町のただ一つのスーパー「もとやスーパー」です。ふるさとを守るために奔走する2年間を追いました。
2024年2月、あの日からわずか1カ月後。それでも町でただ一つのスーパーには商品が並んでいました。ただ、客の手には懐中電灯。
先代店主の本谷一郎さんです。
「こういう状態です」
自宅は住める状態ではありませんでした。
本谷一郎さん
「(Q.店で寝泊まりしている)そうです」
妻
「きのうまで車の中で寝ていた。孫が仮の寝床を作ってくれた」
それでも店舗の建物は残ったため、停電が続くなかでも地震直後から1日も休まず営業を続けてきたのです。
ただ、その年の9月。豪雨が町を襲い、氾濫した川の水は、もとやスーパーにも押し寄せました。店内の商品も、移動販売車も流されました。
それでも豪雨から数日後には、店舗には多くの物資が並びました。
本谷一知社長
「今、支援物資の拠点にしている。78年休まずやっていたので『物がある』という信用がある。(物がなければ)お客さんが店を見てがっかりして、町を出ようかっていう判断にもなりかねないので」
町から人が出てしまう。それは本谷さん自身も。
「(Q.本谷さんはここから離れることはない?)どうだろう、分からない。何も判断できない」
ただ、わずか2カ月後には、もとやスーパーは営業を再開させたのです。
客
「うれしいです。皆さん来てにぎやかだし、みんな笑顔ですね」
「やっと帰ってきたなって。本当にうれしい」
■震災で“人口流出”深刻化
町にとどまり、営業を続ける。そこにはある思いがありました。
本谷一知社長
「少子高齢化がどんどん進むなかで、20年後、能登は人口が半分になるのは分かっていた。ただ僕らの場合は被災を受けたところで一気に20年後が来てしまった」
人口の流出。それが震災を経た町の課題です。特に輪島市と珠洲市では、2年前の元日から実に5301人が町を離れ、人口の減少率は15%以上に上ります。
本谷一知社長
「もともとスーパーはインフラ業から始まっている。町野町の課題としては、インフラが維持できるかが瀬戸際。町野町は何人いるかというと、町として800人から900人。外部の人が来ることでインフラが保てる」
■町に人を呼び込む 地元スーパーの挑戦
町のインフラを維持するために、新たな試みを始めています。
本谷一知社長
「支援と観光を融合した事業『MOTOYA Base構想』を打ち出しました。どんな事業かというと、泊まれるスーパーを中心に、奥能登を自然と人、復興の学びを観光資源とした受け皿を作る。能登に観光体験の需要を掘り起こす!」
人口の減少を見越して、スーパーの売り場は半分以下に減らし、代わりに外から町に人を呼び込めるよう宿泊事業も始めようというのです。
ただ、総工費は2億8000万円。クラウドファンディングで支援を募るため、息子や町野町出身のカメラマンとともにSNS発信にも力を入れ、少しでも知ってもらうために県内の企業、県外の企業にも回りました。
すべては、ふるさとを残すためです。
本谷一知社長
「やっぱり能登の人の独特のもの、日本人がちょっと忘れかけているような不器用な優しさってこの能登にはまだまだありますよ。それを風化させずに伝えていくのがこの数千年に一度の災害を受けた僕の役割だと思っています」
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